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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)1185号 判決 1982年2月05日

上告人

岩田礦工業株式会社

右代表者

岩田稠

右訴訟代理人

籾山幸一

被上告人

小川町

右代表者町長

田口勘造

右訴訟代理人

大山英雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人籾山幸一の上告理由第一点及び第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでその不当をいうものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

公共のためにする財産権の制限が一般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲をこえず、特定人に対し特別の犠牲を課したものでない場合には、憲法二九条三項を根拠として損失補償を請求することができないことは、当裁判所大法廷判例の趣旨とするところである(昭和三六年(あ)第二六二三号同三八年六月二六日判決・刑集一七巻五号五二一頁、昭和三七年(あ)第二九二二号同四三年一一月二七日判決・刑集二二巻一二号一四〇二判旨頁)。ところで、鉱業法六四条の定める制限は、鉄道、河川、公園、学校、病院、図書館等の公共施設及び建物の管理運営上支障ある事態の発生を未然に防止するため、これらの近傍において鉱物を掘採する場合には管理庁又は管理人の承諾を得ることが必要であることを定めたものにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な最小限度の制限であり、何人もこれをやむを得ないものとして当然受忍しなければならないものであつて、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、同条の規定によつて損失を被つたとしても憲法二九条三項を根拠にして補償請求をすることができないものと解するのが相当である(前記四三年一一月二七日大法廷判決参照)。これと同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 宮崎梧一 大橋進)

上告代理人籾山幸一の上告理由

第一点、第二点<省略>

第三点 原審判決は憲法に違背するものである。

原判決理由三(控訴審判決七枚目二行目以下)のうち「鉱業権は、その性質及び機能にかんがみ、公共の福祉と調和するようもともと権利の内在的制約として右六四条による制限が予定されているものであるから、同条の制限によつて、鉱業権者が被るべき不利益は、正当な補償を必要とする特別の犠牲に当らない」と判示する点について。

鉱業法第六四条の採掘制限に関する規定は鉱業の実施によつて公共の営造物や建物の破壊されることを未然に防ぐため鉱害防止という保安上の見地から鉱業権の行使を制限しているだけのものであつて、原判決のいうように鉱業権に内存する一般的制約ではない。このことは同条項が公共の営造物、建物等の近傍における鉱物の採掘に、それ等の管理者の承諾を必要とするとゝもに、管理者は正当な理由なしに承諾を拒み得ないと定めていることによつても明らかであるが公共の福祉による一般的制約を明文をもつて定めている鉱業法の他の規定(鉱業権設定の要件を定める第三五条適法に許可された鉱業権が鉱区減少処分または取消されることを定める第五三条)と比較すればよりいつそう明らかである。従つて、鉱業法第六四条による鉱業権行使の制限は特別の犠牲というべく、適法に鉱業権の設定を受けた後、右条項により鉱業権行使の制限を受け(原判決は右制限は、公共用施設等の設置が鉱業権設定の前後を問わないというが、これ等の施設が出願時に存在するときは第三五条により初めから鉱業権の設定許可は受けられないのである。)、損害を蒙るに至つたときは、その制限の原因を与えたものは鉱業権者の受ける損害若しくは損失を補償すべきものである。この意味において、原判決の右判示は法律の解釈を誤り、上告人が憲法第二九条第三項により求める正当なる補償を否定した憲法に違背する判断を示したものといえる。

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